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契約が苦手な日本を感じる瞬間

 休日の仕事の相談に対して、断りするのは、休日の業務契約は行っていないから。ただ、日本の場合は、契約上のことは置いて、対応してくれることに「評価」してしまうので、結局、契約にはない仕事。いわゆるお金の計上できない仕事が増え、生産性が低いということにつながっていると自分は見ている。 いわゆる、サービス残業もこの類だけども、これは、最近、世間的には悪い評価とするような風潮が芽生えてきたが、一方でまだ、契約にない対応。臨機応変な対応に「評価」が集まる日本人的な「性分」は消えているわけではない。。 この契約上になり仕事、臨機応変な仕事には、生産性などの数字として見えない効能があるという「評価」も根強い。これは、ある意味情緒的なことであって、友達関係や、パブリックリス性が低い場合は、「契約上の話されても、、、」というのは分かる。 ただ、お仕事やパブリック性の高いやり取りには、やはり契約文化を元に進めないと、組織や社会が運営しにくいということなんだろう。。 日本はまだ、議論の中に、この私と公の区別がどういうときに必要でどういうときには必要ないのかがイマイチ曖昧。 個人的には、どちらがいいというわけではなく、動いている、組織や社会の大きさやレベル、などに応じて対応するべきだと思う。そういう階層的な判断が日本にはないので、思考やルールにも階層的な判断ができるようにしていけるといい。。