2014/08/11

佐世保女子高生殺害事件での「親の責任論」に対して思うこと。。

 先月起きた、佐世保の女子高生殺人事件で、同じ年の子を持つ親としてちょっと思ったことを書きたい。

まず、被害者の女子高生のご冥福を祈りたい。同時に、被害者のご両親に対しては、同じ年の子を持つ親として、現在の心境を思うと、非常に辛い。。

で、辛いと同時に、今回の事件は、同じ年の子が居る親としも非常に気になることが多いんだけど、何が気になったのかというと「親の責任論」について。

報道内容については、様々でており、加害者の情報や、親の情報も少しずつ表に出てくると思うけど、現時点で犯人とされる少女が猟奇的殺人事件を起こし、その責任は誰にあるのか?という部分で「親の責任だろう」という議論が多かったので、少し考えさせられた。

最初に個人的な立場としては、未成年の犯罪の責任は、どこまでいっても親が負う責任だと自分自身は思っているし、親の教育は大切だと思っている。ただ、本質的な問題として、親や、子が受けた教育が正しければ、こういう事件が起きないかと言えば、それは全く別問題だと思う。

結局、こういった未成年の猟奇的殺人事件に対しての、一般的な一定の結論というか、腑に落ちた見解はなく、自身もモヤモヤした感じで、現在、親になり、事件を起こした子と同じ年の子を育て、ちょっと他人ごとではない感じでいる。。

で、それを踏まえて色々見聞きすると、
親の責任論者の方にも、ツッコむ論点が色々あって、
・親の教育の問題
・育った環境の問題
・学校や教育関係者など間接的な関係者の問題
と、この辺が多い。

親の教育問題については、多くは報道されてないので、まったくの憶測でしか語ってはいないだろうけど、まぁ、普通に考えると、それがあるかもしれないレベルが今の議論の状況。

育った環境の問題も、親の教育の問題と同様に、親に離婚歴があるとか、父が弁護士で、母が教育委員で、加害者の子も事件は数々起こしているが、勉強や運動的には優秀で云々。。

学校や教育関係者などの間接的な関係者問題も、教育委員会の隠蔽問題や、親が元教育委員会だったとか、、相談所や病院の対応云々。。

まぁ、どれも、いつもの議論なので、タイトルの親の責任論に絞って話をしたいんだけど、

まず、仮に親の教育に問題があり、劣悪な生活環境で育った場合でも、そういう事件にならないケースは沢山ある。それは皆が理解している。今回の少女の例でも、現時点での報道を見る限り、多少は家庭に問題はあったかもしれないけれど、劣悪な環境かと言えばそうじゃないとも見える。そもそも酷い環境かどうかは当人の主観的な部分も影響するので、はた目に、劣悪だと思っても人間的に生きる人は居るし、そこまで劣悪じゃなくても、精神的疾患をきたしたり、それが影響して事件を起こす場合もある。だから、この議論も最終的には全く不毛だと思う。ヤンキーを更生させるのとはワケが違うでしょう。。

もっと言うと、仮に映画「ニキータ」じゃないけど、幼少から親がなく、殺人請負人に人殺しの手ほどきを受けるような、ものすごい猟奇的な教育を受けたとしても、多分、猟奇的殺人者になるかどうかは全くわからない。。(ニキータはもっと人情的な話ではあるので例として悪いか。。)

こうやって考えていくと、僕は、親が子に教育するのは当然ではあるけれども、自分がもし、今回の事件の加害者の親だとしたら、被害者には当然、親として一緒に償っていき、自身であって自身でない子供と運命を共にするしか受け止めようがなく、自身の教育の問題を振り返るかと言えば、そういう心境では到底ないだろうし、そういう問題ではないと思えてしょうがない。。

さらに、教育云々の問題が影響しない場合もあると自身で認識しいる親として、どう子供と接して、どう子供を見つめていくのか? そう考えると、物凄く難しく、できる教育は全て行った上で、最終的には信じる以外には僕自身としては何もできないと思った。。

今回の加害者の親は、子供を精神病院に連れて行き即日入院を要請したらしい。教育問題や諸所の問題はさておき、これはある意味冷静に判断して、親としての責任を果たそうとする意思はあったんだと感じたりもしたが、(もちろん、結果として殺人を犯してしまったことの言い分にはならないが)今回は、それなりの少女の特異性を実感できる事件が前にあったので、そういう行動に出れた。では、自分の場合、そういう兆候があればどうか?また、なかったらどうか? 子供の心の動きを敏感に感じ、そういう処置を考えただろうか? また、その兆候が小さかったらどうか?

以前、同性愛者についての議論の際に、インド人の人が、「自分の子が同性愛者だったら子供を自ら殺す」と発言していたのを見た。インドやイスラムでは、宗教上、人殺しと同じくらい同性愛に対しては罪深いことと認識されていることを知り、違う宗教感では意味不明だけれども、宗教上のこととは言え、親の心理としては、人として逸脱してしまった子供(繰り返すが僕は同性愛者が人として逸脱しているとも思わないし、逸脱していると見るイスラムやインドの宗教観も否定はしない。ただ、そういう宗教観の宗教には入らない)を持ったら、分からないでもないと、今では附に落ちる自分が居たりする。。

じゃ、猟奇的な兆候を自分の子供に感じたら、親として子供を殺してしまうのか? または、親として精神病院に強制的にぶち込めるのか? これまた、自身に置き換えると非常に難しい。。というより分からない。。

こうやって、どんどん考えていくと、、。
加害者やその親を養護する意味ではなく、
今回の事件は当事者でどこまで、どう対処できた問題なんだろうか?
自分の子に置き換えた場合はどうだろうか?
また、その加害者の親と友達だった場合は、どう対処するべきなのか?
子供の友達にそういう子がいたらどう対処できるのか?
それは、自分には関係ないことなのか?
しょうがないことなのか?

とにかく、やっぱり、今回の事件のような、現代の概念では想像できない問題に対しては、分からないなりに、現時点での見解を自分自身、認識しておくべきだと、今回は改めて思った。。

2014/04/12

スマホ開発

http://www.gizmodo.jp/sp/2014/04/diyara.html?utm_source=rss20&utm_medium=rss

2014/03/24

これからは、今までの日本人感覚は抑えて生きるべきか?

海外で、活動していると、自分の日本人感覚が邪魔になるときが沢山あります。
日本では当然あたりまえの事も、海外では当たり前ではない事は沢山あって、それはそれで周知の事実なんだけれども、日本人としての感覚はそう簡単に変えられるものではないのも現実です。

海外で出会う日本人の方たちも、当然そういう思いを持ちつつ、日本人感覚と現地人感覚という境目をどう理解するべきかを日々考えていて、日本人が集まるとそういう話題が事欠かないものです。ただ、各自、自分の頭の中でバランスを取り、納得できない!と日本人感覚で文句を言いながらも、落とし所を見つけながら、現地の人たちとの交流をしています。。

さて、そんな中で、僕がいま悩ましいのは、そうは言っても、日本人感覚を払拭するくらいな心持ちで、現地で頑張らないと、実際は頭の整理がやっぱりできないということです。当然、頭の先から足の爪先まで全神経日本人ですから。頭では、日本人とは違うんだと思っても、日本人としての本能が騒ぎ出し、コレじゃやっぱダメだろうとか納得できない思いが次々出てきます。海外に滞在する度に、「自分は典型的に日本人なんだなぁ」と感じる瞬間です。別に、日本人としての自分が嫌だとかいうことではなく。。捨てきれないという意味において。。

そういった考えについての解決策として、日本のメディアで、日韓問題や日中問題がテーマとして取り上げられるときに、「各国の主張が違うのは、文化的・思想的背景が違うのだからしょうがない」とか「お互いの国が分かり合う必要はないし、分かり合えることはない」などの意見がよくあります。僕もなるほどと思って、時々自分に言い聞かせてみたりしますが、どう考えても、なんかネガティブな気持ちが残るんですね。。しょうがないってなんだよ!って具合に。。自分の日本人的感覚の中では、正解は出ているのに、そうできない苛立たしさ。。でも、しょうがないかと諦めるしかない悔しさとか。。こういう時に、やっぱり、日本人感覚を持ちつつ、そういう取り組みをすることへのストレスの高いことと言ったらないです。。(かなり日本人だな僕は、、。)

ただ、もう一つ思うのは、こういう「しょうがない系」意見は、日本の中から観た意見なのかなぁと。まぁ、当たり前なんですが。。というのも、海外で活動している人のジレンマとして、海外で日本人として生きるのか?それとも現地人感覚で生きるのか?という最大のテーマがあります。一般的には、海外での展開に日本が成功できないのは、現地人化していないからだとか、現地化がうまくできていないからだという批判からも分かるように、現地化した方がいいという意見が多いですね。そういう面からもしょうがない系で生きていくこともまたキツいのです。。

今の日本の問題や、アジアの問題点と考えた場合、それぞれの国の考えが、「分かり合えないのはしょうがない」という観点では何も解決にならない様に思います。アジアを少し俯瞰で見て、何かしらの共通項というか共有できるものを持って、お互いを理解しつつ進んで行くことが必要なんじゃないかと最近つくづく思います。





マレーシア KLセントラルからKLIAへのバス情報

3月5日からのマレーシア出張も今日で最終日。

帰国直前に、空港までをどのように行くかは毎回、出発時間や、滞在しているエリアにより、検討する経路が違うが、最近では、エアアジアを使うことも増えたため、
LCCTへの行き方は慣れた。

今回は、久々にKLIAからの便を利用のため、
ネットで、KLセントラルからのバスの時刻表を探していたら
なかなか見つからなかったので、こちらにメモ。

KLセントラル/KLIA間を往復しているAIR PORT COACH
http://www.airportcoach.com.my/

1時間おきに23時まで1本ずつ。

時刻表を転載